【木村石鹸】“継ぎたくなかった家業”が大人気「12/JU-NI」を生んだ理由とは?

ドキュメンタリー
社長名鑑https://shachomeikan.jp/industry_article/2515より 

2026/5/14放送の「カンブリア宮殿」に出演される「木村石鹸」の4代目社長 木村祥一郎さんと注目の企業「木村石鹸」について調べてみました。

IT企業から「継ぎたくなかった家業」へ

大阪で100年以上続く老舗メーカー・木村石鹸工業。その4代目社長である 「木村祥一郎」氏は、もともと家業を継ぐつもりはまったくなかった

同志社大学文学部文化学科(美術及び芸術学専攻)在学中、仲間とともにITベンチャー企業を立ち上げ、インターネット業界の第一線で活躍。マーケティングや商品開発に携わり、18年間にわたって成長企業の経営に関わってきた。

一方、実家は昔ながらの町工場。石鹸を釜で炊き、職人たちが地道にものづくりを続ける世界だった。少年期の木村氏にとって、その環境は“泥臭くて古い”ものに映っていたという。

木村氏は以前から「家業は継がない」と考えており、父親も一度は後継ぎを諦めていた。父親は体調不良をきっかけに工場長へ社長職を譲ったが、業績は伸びた。一方で社員との対立が深まり、最終的に社員から社長(父親)に「戻ってきてほしい」と要望が出る事態となった。

その後、38歳になった木村氏へ再び父親から協力の依頼が届く。その時、木村氏は知人の外資系化粧品会社の元社長を紹介し、会社改革を進めようとしたが、評価制度などの急激な変化に現場がついていけず、ベテラン社員が次々と退職。責任を感じた木村氏は、父親からの強い要請もあり、最終的に2013年6月にIT会社取締役を退任し、家業へ戻る決断をする。

ただし当時は会社への思い入れはなく、あくまで一時的に立て直しを行い、数年後には誰かへ事業承継して東京へ戻るつもりだったという。

常務として家業へ入った際、本人の予想に反して社員たちは非常に好意的に迎え入れた。IT業界出身で会社との関わりも薄かったため反発を覚悟していたが、前経営陣による「暗黒時代」を経験した社員たちは、外部人材への不信感を強めており、「創業家の人間なら会社の文化を理解してくれる」という期待を持っていたという。

木村氏自身も、家業について何も理解していなかったことに気づかされた。町工場に対して地味な下請け仕事のイメージを持っていたが、実際には自社で開発から製造まで行い、多くのファンに支持される高品質な商品を生み出していたことに驚いた。

一方で、社内には前経営陣時代の悪影響が色濃く残っていた。社員たちは新しい挑戦に消極的で、「できない理由」を並べる空気が定着していた。過去に営業担当者が提案した案件で大規模投資を行ったものの、取引が白紙になり、その責任を個人が負わされた経験から、「新しいことを提案すると損をする」という意識が社内全体に広がっていたのである。これは、非常によくわかる気がする。責任は負わされたくないよね。

木村氏は、この閉塞感を変えなければ会社は成長できないと考えた。そして最初に取り組んだのが、過剰な稟議制度の廃止だった。少人数の会社にもかかわらず、稟議書には何人もの承認印が必要で、責任を分散させる文化が根付いていた。木村氏は、こうした「責任を取りたがらない組織体質」を変えることが、改革の第一歩だと感じたのである。

木村氏は、社員の意識改革を進める中で、まず「責任」という言葉の意味を変えることから始めた。それまで社内では、責任とは「失敗した際に責められること」を意味していたため、誰も新しい挑戦をしたがらなかった。そこで木村氏は、「責任とは、自分で決めたことを最後まで見届ける覚悟を持つこと」だと定義し直し、失敗してもペナルティは与えない方針を打ち出した

さらに、営業が開発部へ提出していた「開発依頼書」も廃止した。従来は、新商品の提案をしても「難しい」「無理だ」と却下されることが多かったが、直接相談できる仕組みに変え、「作りたいかどうか」を基準に挑戦できる環境を整えたのである。

その結果、開発現場では挑戦する機会が大幅に増加した失敗した商品であっても、別の用途へ応用されるケースが生まれ、新たなアイデアにつながっていった。こうした積極的な挑戦によって、年間10件程度だった商品開発数は、わずか1〜2年で約50件にまで増加。新商品が次々と生まれることで社内にも活気が戻り、OEM事業でも積極提案型の姿勢へと変化していったのである。

木村氏が進めた「自由に挑戦できる環境づくり」は、OEM事業のヒット商品を生み出しただけでなく、自社ブランド成長の大きな土台にもなった。象徴的な存在が、2019年に誕生したヘアケアブランド「12/JU-NI(ジューニ)」である。

特に面白いと思ったのは、このブランドを開発した多胡健太朗氏は、求人募集がないにもかかわらず、「好きなものを自由に開発できる会社」という記事を見て木村石鹸へ直接訪れた。理想のシャンプーを作りたいという強い思いから入社し、約5年をかけて「12/JU-NI」を完成させたという。飛び込みの人材を採用し、そして5年の研究開発を許したのだから驚きだ。

「正直すぎるシャンプー」がヒットした理由

そしてその商品が、木村石鹸の転機となる。このシャンプーは、一般的なヒット商品の作り方とは真逆のプロセスで生まれている。

通常の化粧品やシャンプー業界では、まずマーケティングありきで商品が作られる。「どんな言葉なら売れるか」「どんな悩みを訴求するか」が先にあり、その後に中身が設計される

しかし「12/JU-NI」は違った。開発担当者が、自分の理想とするシャンプーを徹底的に追求した結果として完成した商品だったのである

つまり、“売るためのストーリー”が最初から存在しなかった

木村氏自身も、当初は「これは売れないだろう」と考えていたという。商品名すら仮の状態で、紹介制に近い形でひっそり販売する予定だった。

ところが、クリエイターから「その不器用さこそが価値なのではないか」と指摘される

そこから木村石鹸は、「正直さ」を前面に押し出す方向へ舵を切る。商品のLPには、「万人向けではありません」「合う人と合わない人がいます」といった通常なら避けそうな表現まで掲載。SNS広告でも「これは広告です」と明記した。

一見すると、売上を下げそうな表現ばかりである。

しかし結果は逆だった。

消費者は、その“正直すぎる姿勢”に強く共感した。クラウドファンディングでは目標30万円に対し500万円以上を集め、ブランドは一気に拡大木村石鹸の「誠実なものづくり」という価値観そのものが、ブランドとして認識され始めたのである。

木村氏は、この経験によって「自分たちが当たり前だと思っていた誠実さは、実は大きな価値だった」と気づかされたという。

現代は、広告表現が過剰になりやすい時代でもある。だからこそ、“できないことも正直に伝える会社”に対して、人は安心感を抱く

木村石鹸の成功は、単なる商品ヒットではなく、「誠実さそのものがブランドになる」ことを証明した事例だった。

それまで木村石鹸の自社ブランド事業は、熱心なファンに支えられてはいたものの、売上全体に占める割合は15%程度にとどまっていた。一方でOEM事業が会社の主力となっていたが、「12/JU-NI」の成功をきっかけに状況は大きく変化した。

木村氏は、この反響を受けて「自社ブランドを会社の主力事業にする」と宣言。その後、自社ブランド事業は急速に成長し、現在では売上の約40%を占めるまで拡大している

父親の経営に学んだ「ロジック(論理・理屈)ではない強さ」

また、木村氏は経営において父親から受け継いだ教えも大切にしている。特に「税金をきちんと払うこと」「社員を監視しないこと」「嘘をつかないこと」の3つは、今でも経営の軸になっているという。地域への貢献や社員への信頼、そして誠実な姿勢こそが、木村石鹸の企業文化を支えているのである。

木村氏は家業へ戻った当初、IT企業時代の合理的な考え方をもとに、給与を業績連動型にするべきだと考えていた。しかし父親は、「社員の生活を守ることが大事だ」と主張し、業績に関係なく給与を上げるよう求めた。木村氏は当初反発したものの、実際に昇給を行うと社員の士気が高まり、結果的に会社もうまく回っていったという。父親は数字や理論よりも、「良いものを作ること」と「社員が幸せであることを重視していたのである。

また、売上の35%を占めていた大口取引先との関係を断つかどうかでも、父親の大胆な判断に驚かされた。不義理を働いた取引先に対し、「そんな会社とは付き合うな」と関係解消を決断し、「3年あれば新しい顧客を見つけられる」と社員を信頼したのである。実際、その後は以前以上に良い取引先と出会うことができた

木村氏は、こうした父親の経営から、「ロジックだけでは人は動かない」ということを学んだ。社員を信頼し、自由に任せることで、人は本来の力を発揮する。その象徴が「12/JU-NI」であり、開発者の多胡氏に自由な研究環境を与え続けた結果、会社を代表するブランドへ成長した

さらに木村氏は、木村石鹸の魅力は、非効率に見える部分にもあると考えるようになった。現在も続く職人の「釜焚き製法」は効率だけを見れば不合理だが、そこに大企業にはない独自性や価値があるという。だからこそ、単なる合理化ではなく、会社の文化や魅力を残しながら次世代へ承継することが重要だと考えているそうだ。

現在は、若手社員を中心とした「ジュニア経営メンバー制度」を立ち上げ、将来の経営人材育成にも力を入れている。SNSや自社ブランドの成長によって若い世代の入社も増え、社員の平均年齢は大きく若返った。木村氏は、若手に積極的に挑戦の機会を与えることが、これからの木村石鹸の未来につながると考えている。

まとめ

木村石鹸工業の事例は、単なる老舗企業の成功談ではない。

「古い会社をどう変えるか」という話でもなければ、「最新マーケティングで売れた」という単純な話でもない。

むしろ印象的なのは、“変えない部分”の重要性である。

誠実にものを作ること。
社員を信じること。
地域に税金を納めること。
嘘をつかないこと。

一見すると当たり前に思える価値観を、100年続けてきた会社は本気で守ってきた。

そして木村祥一郎氏は、IT業界で培った新しい視点を持ち込みながら、その古い価値観を現代的なブランドへと変換していったのである。

家業や中小企業には、外から見ると「古くて非効率」に見えるものが数多く存在する。

しかし、その中には大企業には真似できない魅力や、人の心を動かす力が眠っていることもある。

木村石鹸の歩みは、“弱みだと思っていたものが、実は最大の強みになる”ということを教えてくれる。

そしてそれは、事業承継だけでなく、これからの時代に求められる企業のあり方そのものを示しているのかもしれない。

気になる木村石鹸の商品を手に入れるには?

記事を読んでくださって、木村石鹸の商品が気になりませんでしたか?

商品は、下記からネットショッピングで購入することができますよ!

注目の12/JU-NIはこちら

暮らし、気持ち、ぴかぴか 木村石鹸

実直な物づくりで、新しいものをうみだしている木村石鹸。これからも、目が離せませんね。

以上、Fuukaがおとどけしました!

コメント

タイトルとURLをコピーしました